<ワクチン接種を支える企業>ワクチンを無駄にしない注射器と痛みの少ない注射針の秘密に迫る

 

取材・文:末吉陽子(やじろべえ) 撮影:張田亜美 制作協力:一宮淳氏(ニプロ株式会社 企画開発技術事業部 国内商品開発・技術営業本部 ホスピタルケア商品開発・技術営業部)

※感染防止対策を万全にしたうえで、撮影時のみマスクを外しています。

大規模接種や職域接種など接種体制が拡大するなか、ワクチン接種を安心かつ円滑に進めるには、高品質の注射器と注射針の安定供給が必要です。
ワクチンを無駄にしない注射器、注射の痛みを軽減する注射針の製造技術、そして現在の製造体制とは。日本のワクチン接種会場に注射器と注射針を供給している医療総合機器メーカー、ニプロ株式会社の一宮淳氏(注射器・注射針の開発営業責任者)に詳しく伺いました。

注射針は形状と品質・性能を上げることで痛みを軽減

―ニプロは1960年代後半から注射器や注射針を開発されているそうですが、これまでどのような部分を改良してきましたか? まず注射器について、形状は大きくは変わりませんが、内部を通る薬液が漏れ出ないように隙間を塞いだり、異物混入を防止するために押し子の先端部分(ガスケット)を見直したり、メモリを見やすくしたりと、細かい改良を重ねてきました。種類についても医療現場のニーズに応じて開発し、現在まで容量0.5mlから50mlまで幅広く製造しています。

次に注射針ですが、特に針先の"鋭さ" の改良を重ねてきました。注射の痛みは針の先端の鋭さによって左右されます。しっかり尖っていると、皮膚表面がスパッと切れるため痛みが少ないんです。逆に鋭くないと切れが悪く痛みを感じやすくなります。

そこで私たちは独自の技術で注射針を鋭く尖らせ、さらに表面は針を刺したときの抵抗を少なくする工夫を施しています。また研磨の回数は1回だけではどうしても針に丸みが残ってしまうため、複数回実施しています。

出荷前には最新型の検査機器で、針の先端が反り返ってないかなどを全数チェックし、お届けするのは針先がしっかり尖っていると確認できたものだけです。

―では、新型コロナウイルスワクチンの接種に使われる注射器や注射針には、どのような特徴がありますか? 医療機関や医師のお考えによって、選ばれる注射器や注射針はさまざまです。ただ今回の接種容量であれば、注射器は容量が1mlのロングタイプが一番使用されると考えます。同じ1mlの注射器でも、ロングタイプとショートタイプがあり、ロングタイプのほうがより操作性に優れているんです。
また新型コロナワクチンで使用する注射針は、針の外側の直径が0.5mm程度の「25ゲージ」と呼ばれるものが多く使われるのではないかと思っています。これは普段から筋肉注射に多く使用される針です。

「ワクチンを無駄にしない注射器」を急きょ増産

―ファイザー製の新型コロナウイルスワクチン接種にあたって、ニプロは6回分のワクチンを接種できる注射器「ローデッドタイプ」を供給されていますよね。 はい、ローデッドとは「デッドスペースが少ない」という意味ですが、その名のとおりデッドスペースを減らして薬液を無駄なく使いきるタイプの注射器です。

―通常のタイプとどのような違いがありますか? 注射器の先端のスペースをなくすため、押し子の先端部分(ガスケット)の形状が通常とは異なり突起状になっています。通常タイプであれば薬液が残ってしまうスペースに突起が入り込むことで、突起の分の薬液をしっかりと押し出すことができます。

―ちなみに、注射器と注射針が一体になったタイプはないのでしょうか? あります。ローデッドタイプよりもさらにデッドスペースが少なく、7回接種できる完全一体型タイプです。こちらも以前から生産していたタイプで、主に糖尿病患者の方がご自身でインスリンを打つ際に使用されることが多いですね。

ただ従来の完全一体型タイプは皮下注射向けのため、筋肉注射だと針の長さが足りません。そのため新型コロナウイルスワクチン向けに完全一体型タイプの注射器を製造するべく、これまでの機械を改造し、2カ所の工場で稼働できる体制を整えています。

まずは5月末に国内工場で製造を開始し、国内向けに販売をはじめました。また海外の工場でも同等品の生産の準備を進めております。

―ローデッドタイプは、新型コロナウイルスワクチン接種のために新しく開発されたのでしょうか? いえ、2014年にはすでに開発を終えており、流通もしています。

―そうだったのですね。以前、ファイザー製のワクチンは1瓶で6〜7回分の薬液があるのに、国内の注射器では先端部に薬液が残ってしまうため5回しか接種できないと報道されました。無駄なく薬液を使い切れるローデッドタイプがすでに開発されていたのなら、最初からそれを使えばよかったのでは......と思ってしまうのですが。 当時ローデッドタイプは通常のタイプにくらべると、当社の比率で3分の1か4分の1くらいしか流通していなかったので、すぐに製造が追いつかない状況でした。そもそもローデッドタイプは季節性インフルエンザワクチン接種や、その他の貴重な薬液を接種する場合の需要に合わせて開発されたものなのです。

―なるほど。ローデッドタイプが普段あまり使われていないのは、通常タイプのほうが使いやすいからでしょうか? 一長一短があるため、一概にどちらが使いやすいとはいえません。通常タイプの長所はふたつ。ひとつは押し子の先端部分(ガスケット)が平たいため、メモリの位置を合わせやすいこと。もうひとつは薬液を充填する際に注射器の内側につく細かい気泡が付着しにくいこと。先端がフラットに近い通常型は先端が突起型のローデッドタイプより表面積が少ないので、気泡が付着しにくく、また除去しやすいというメリットがあります。

ただローデッドタイプもガスケットの色を工夫することで、短所を補っています。通常品は目盛と同じ黒色ですが、ローデッドタイプのガスケットはグレーなので、メモリとのコントラストがハッキリするんです。

―当初、ローデッドタイプの製造が追いつかない状況もあったということでしたが、現在の製造体制はどうなっているのでしょうか? 製造ラインを見直し、急ピッチで新しい機械も開発しました。もともとの機械は月50万本までしか製造できなかったのですが、現在は月400万本くらいまで製造体制が整いつつあります。

―生産体制の強化にあたり、特に苦労した点はどこですか? 新規部品金型の開発製造と、製造機械の改造を同時並行で進めたことですね。早く、たくさんの量を生産するためには、部品を成形する金型から見直す必要がありました。具体的には金型を大型化しなければいけませんでした。

とはいえ、金型は設計から完成まで時間がかかり、とても数日で作れるものではありません。また機械の改造についても、部品の製造と組み立てのスピードを同時に上げるため全て作り変える必要があり、こちらも大変な作業でした。

―それをどれくらいの時間で完成させたのでしょうか? 通常は1年くらいかけて進めるところをおよそ3カ月で完成させました。異例のスピードですがニプロには金型や機械を自社で作れる体制があるため、なんとか実現できたのだと思います。また多くの技術者やスタッフ、関連会社の協力を得ながら緊密に連携できたことも大きかったですね。

▲社歴28年の一宮さん。入社以来さまざまな医療機器を手掛け、10年ほど前から注射器と注射針の開発製造の責任者を務める

注射器と注射針に新型コロナウイルス撲滅の想いを込めて

―現在、新型コロナウイルスワクチンの接種に関して、注射器や注射針で取り組んでいることはありますか? 現在は完全一体型タイプの増産を進めています。

―現状では完全一体型タイプがベストなのでしょうか? 今回の新型コロナウイルスワクチンのように、薬液を極力捨てずに使いたいという場合は一体型がベストだと思います。ただ医療従事者の方のなかには、瓶から薬液を吸い上げるときの針と、接種するときの針を交換したいという方がいらっしゃいます。このあたりは医療機関や医師のお考えによると思います。

―ちなみに、あらかじめ薬液を充填した状態で発売するというのは難しいのでしょうか? もちろん、できなくはありません。専門用語で「プレフィルドシリンジ」と呼ばれるもので、ニプロでもそうした製品を手掛けています。ただこれを作るためには、設備投資に莫大な費用がかかります。

またプラスチック製の注射器は、ガラス製に比べて安定性を保ちにくく、非常に高い技術が必要です。今回の新型コロナウイルスワクチンのように、緊急性が高いものにはプレフィルドシリンジは向いていないかもしれません。

―最後に、新型コロナウイルスワクチンの接種に不可欠な注射器や注射針を届けるメーカーとしての想いをお聞かせいただけますか。 私たちは2020年8月から厚生労働省とやり取りを重ね、新型コロナウイルスワクチン接種を一大プロジェクトとして、注射器・注射針の製造に全社一丸となって取り組んできました。

今後も新型コロナウイルスワクチンの接種が進むにつれ、医療現場などからさまざまなご要望をいただくこともあるでしょう。そうしたご要望に耳を傾けながら、新型コロナウイルスを撲滅するべく、鋭意努力してまいりたいと思っています。

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