ひと足早く「ポストコロナ」へ踏み切ったアメリカ 働き方やビジネスはどう変わった?

 

取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 制作協力:伊佐山元(WiL共同創業者・CEO)

世界に先駆けてワクチンの本格接種を進め、同時に経済正常化へと舵(かじ)を切ったアメリカ。その後、デルタ変異ウイルスによる感染再拡大が起こりますが、ロックダウンなどの強い措置をとることなく、リスクを受容しながらコロナと共存する社会が形成されつつあります。

例えば、コロナ禍で生まれた新しい働き方や、新しいビジネスの芽。それらはポストコロナのスタンダードとして現在も定着あるいは発展を遂げようとしているようです。そのなかには、これからコロナ後を生きる日本国民にとってもヒントになる部分があるかもしれません。アメリカ・シリコンバレー在住のベンチャーキャピタリストで、WiL CEOの伊佐山元氏にお話を伺いました。

ワクチン接種と経済正常化の両立を目指したアメリカ

―アメリカでは半年前からワクチン接種のスピードを加速させ、その進展とともにいち早く経済活動の再開に舵を切りました。一方、日本でもワクチン2回目接種率は6割を超えましたが、今もポストコロナとは言えない状況です。アメリカがワクチン接種と経済正常化の両立を目指した背景について、まずは教えてください。
パンデミックが起こってからの1年間、アメリカ国民は行動を抑制され続けることによる弊害を痛感してきました。特に深刻だったのが、失業率です。2020年の6月頃には、過去の金融危機でも類を見ないほど、失業率が跳ね上がってしまった。多くの人がストレスを抱え、暴動やデモ、さらには子どもの自殺なども多発しました。至るところでさまざまな歪(ゆが)みが生じ、社会が崩壊する緊迫感が漂っていたんです。それはもはや、州知事や大統領レベルでも抑えきれなくなっていたように感じます。


▲アメリカの失業率はパンデミックが起こった2020年3月以降、一気に上昇している
出典:米国失業率推移2020~21(2021年10月4日現在) - 独立行政法人 労働政策研究・研修機構(外部サイト)

―それを抑えるためには、ワクチン接種率が低い段階でも経済活動を再開させざるを得なかったのでしょうか。 そう思います。4月からの数カ月でワクチン接種を強引にでも加速させ、ポストコロナへと舵を切ったことは、私は正しい判断だったと感じています。その結果、CPI(消費者物価指数)や雇用者数といったあらゆる経済指標も、全米のワクチン接種率が約50%に達した6月以降に急速に好転しました。

▲国民の生活水準を示す指標のひとつであるCPIは3月以降に急上昇。デルタ変異ウイルスが拡大した7月以降は横ばいだが、9月は前年同月比で5.3%上昇している
出典:アメリカ国内のCPI(消費者物価指数)の推移(2021年10月12日時点) - Yahoo!ファイナンスの資料を元に作成


街の商業施設やレストランも稼働し始め、慌てて従業員を呼び戻す動きがありましたし、私が生活しているシリコンバレーの動向も様変わりしました。シリコンバレーでも、2020年6月は多くのスタートアップが大リストラを行い、特にPRやマーケティング部門などで極端なコストカットが目立ちました。しかし、今ではワクチン接種率も市によっては90%を超えており、経済が急速に回復することを前提に、新たに営業マンやマーケティング担当者を雇用する動きが活発になってきています。特に、コロナを契機に社会のデジタル化が急伸するなかで、ますます良いエンジニアをめぐる採用合戦が続き、給与も高騰しています。大手IT企業の大学卒のエンジニアの初任給は2000万円を超えています。

その後、デルタ変異ウイルスの再拡大はあったものの、現時点で経済活動を縮小する動きは特に見られません。客観的に見て、現時点でIT業界は完全にビジネスが正常化したといえる状況になったと思います。


▲米国CDCに報告された、アメリカ国内における新型コロナウイルス症例数の推移。ワクチン接種が加速した4月以降に減少するものの7月以降はデルタ変異ウイルスが再拡大。現在はまた減少へと転じている
出典:COVID Data Tracker - CDC(外部サイト)


新しいワークスタイルはコロナ以降も定着するか

―働き方という点ではいかがでしょうか? コロナ禍ではアメリカでもリモートワークを導入する企業が増えたと思いますが、ポストコロナでも新しい働き方は定着しそうですか?

そこは明らかな変化が見られます。特に労働者側の意識の変化が大きいですね。新しい時代のワークスタイルに対応しない会社は、労働者側から見限られるような動きが出てきています。例えば、昨年Googleがリモートワークからオフィス勤務へと戻す方針を打ち出しましたが、従業員の反発を受けて撤回しました。

意外かもしれませんが、アメリカでも年配の経営者には「仕事は実際に顔を突き合わせてするもの」という価値観が根強く残っています。先進的なイメージを持たれがちなシリコンバレーでも、コロナ収束後は「オフィスでの9時5時勤務」に戻したがっている経営者は少なくありません。しかし、Googleの例が示す通り、働き手の意識の変化によって、経営者側にもこれまでの価値観を変えることが求められているのではないでしょうか。

もともとアメリカはジョブ型雇用が主流で、「成果さえ出していれば、どこで働こうが自由」という考え方があります。加えて、ここ1年でリモートワークという新しい働き方の選択肢が増えたことで、当たり前にそれを要求する人が出てきている。この流れは、コロナが完全に収束したとしても戻らないだろうと思います。


▲昨年4月時点で14.7%に達した失業率も改善。今年9月時点では4.8%と、前年同月比で3.1ポイント回復するなど、デルタ変異ウイルスが拡大する状況下でも雇用が守られていることがうかがえる
出典:アメリカ国内の失業率の推移 - Yahoo!ファイナンスの資料を元に作成

―ポストコロナでもリモートワークが当たり前になることで、人々のライフスタイルはどのように変わりますか? まず、どこにでも自由に住む場所を選べるようになります。スタートアップの経営者と話していると、一部の従業員がオフィスから遠い場所へ引っ越し始めているようです。郊外の田舎町や、税金の安い州、さらには国外へ移住する人もいるそうです。また経営者側も、別の州や国の従業員を雇用するケースが増えたと聞きます。つまり、リモート前提になることで、世界中の優秀な人材を雇用する動きが出てきていて、今後はさらに加速するはずです。

仕事を変えずに、拠点を変える。こうした「働き方の選択肢がある時代」であることを踏まえた経営にシフトできない企業には、今後はなかなか良い人材が集まらなくなるのではないでしょうか。

―リモートワークが定着した企業では、従来のオフィスはどのような位置付けになるのでしょうか?

これまでは100人の従業員がいれば100席の容量があるオフィスを借りていましたが、リモートが前提になれば30人分の席で十分です。社長も含めフリーアドレスにしておけば、通常のオフィススペースとしては事足りますから。あるいは大きな拠点を持たず、複数箇所にWeWorkなどのシェアオフィスを借りる企業もあります。こうした動きからも、働き方が変革しつつあることを感じますね。



ポストコロナの新たなビジネスモデルとサービス

―コロナ禍ではスタートアップへの投資も縮小されたと思いますが、現状はいかがでしょうか? また、コロナで直面したさまざまな課題を解決するような企業に、投資家の資金が集まるような動きはありますか?

コロナ直後は創業間もないアーリーステージベンチャーへの投資は減速しましたが、マクロの動向としてはデジタルの波に乗った優良企業への資金流入は止まらず、今年の6月以降はさらに活発化してきています。特にシリコンバレーのベンチャーキャピタルが注目しているのは、ポストコロナで見えてきた新しい社会の課題を解決しようとしているベンチャー企業。あるいは、コロナで変化したライフスタイルに対応するサービスです。


▲(イメージ 写真:アフロ)

具体的には、例えばヘルスケア領域のベンチャーへの投資額が一気に伸びました。その背景には、ウイルスのまん延で人々の健康意識が高まったこと、そして「心の健康」をケアするサービスの需要が高まったことが挙げられます。アメリカでは子どもの自殺や家庭内暴力が多発したこともあり、昨年の夏頃からメンタルヘルス系のサービスを展開する企業が一気に台頭しました。Calm(カーム)という有名な瞑想(めいそう)アプリのベンチャーは、コロナ禍でユーザーが急増し、あっという間にユニコーン企業へと成長しています。

他にも、オンラインフィットネスが伸びています。すでに上場しているペロトンのように、オンラインで友人と一緒にトレーニングができるサービスも増えました。引き続きオンラインでのパーソナルトレーニングや、オンラインに接続された健康器具のメーカーなどにも多くの投資が集まっています。

―健康という点では、医療のオンライン化も進んでいるのでしょうか? 医療機関の遠隔診断はすっかり定着したと言えます。コロナ前の病院はいつも混雑していて、長く待たされるのが普通でした。わずか5分の診察のために、移動も含め長い時間と労力がかかっていたんです。しかし、コロナで医療の効率化が必須になり、多くがビデオ診断へと切り替わりました。今では血液検査なども自宅近くの検査所で行い、医師の手元に送られたデータをもとに診断が受けられるようになっています。処方箋もデジタルで受け取り、近所の薬局に取りに行くだけです。


▲(イメージ 写真:アフロ)

このように、医療のオンライン化やヘルスケア領域のDXが加速していて、それを提供するベンチャー企業への投資額が急増しています。この流れはポストコロナでも定着し、多くの人が心身ともにより健康的な生活が送れるようになるのではないかと期待しています。

アメリカのポストコロナに学ぶこと

アメリカでは7月以降デルタ変異ウイルスによる感染再拡大を経て、現在はまた減少へと転じました。とはいえ、今なお感染者数は世界で最も多く、早急な規制緩和を疑問視する声があることも事実です。

その是非についてはさまざまな意見がありますが、とにもかくにもアメリカはリスクを受容しながら、いち早くポストコロナへ舵を切ることを選択しました。そして、その歩みが世界のモデルケースになり得るかどうか、多くの国や人々が注目しています。

例えば今回の伊佐山氏のお話もその一つ。コロナと共存する社会で定着しつつある「新しい働き方」、さまざまな課題を解決する「新しいビジネスの芽」などについては、これからポストコロナへ向かう日本の社会や企業が参考にできる部分も大いにあるのだろうと思います。

日本国内では10月に入り、新規陽性者数が減少しています。第六波を警戒しながらも、活発化しつつある日本の経済活動。先行する世界の成功例、あるいは失敗からの教訓がうまく生かされることを期待したいところです。

制作協力
伊佐山 元氏
シリコンバレーと東京を拠点に日本の大企業と日米のベンチャーの懸け橋となるべく、2013年にベンチャーキャピタルのWiLを創業。カリフォルニア州シリコンバレー在住20年以上で、国内のビジネス環境やシリコンバレーのスタートアップ事情に詳しい。

関連リンク
新型コロナウイルス感染症まとめ -Yahoo!ニュース

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